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呼子観光物産館

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    捕鯨の歴史の展示といえば今は旧中尾家屋敷ですが、昔展示がしてあった加部島の「呼子観光物産館」が今はどうなっているのかと思い、見に行ってきました。

    以前玄関のシンボルとしてあった鯨の親子のオブジェも中尾家の方に移動しています。

    中へ入ってみると船の模型がたくさん展示してありました。
























    また、ゼロ戦の歴史や呼子大綱引きに関連するものもありました。
















    なんでも捕鯨の展示がなくなってなにもなかったので近所の方々のコレクションが展示されているようです。

    2階は「防人たちのファッションショー」と題して軍服が展示。





















    緻密に造られた船の模型は見る価値ありですよ。

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    浜コロ * 浜の歴史 * 16:39 * - * - * - -

    唐津のパワースポット−呼子の弁天島−

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      先日、県外から遊びに来た友人を連れて呼子大橋の下にある厳島神社へ行ってきました。

      呼子大橋の手前の駐車場に駐車し、友人に厳島神社の歴史を説明した看板をみて説明しましたが、私もあらためて読んでみると、その歴史に感動。

      磯の上に整備されたきれいな遊歩道を歩き、その先にある弁財天様を祭ってある神社へ。

      海上交通安全や豊漁の守り神として、昔から地元の漁師達に親しまれていますが、夫婦円満、良縁の神様としても知られています。

      毎年、7月20日すぎの日曜日には、弁財天祭りが行われます。

      呼子でイカを食べた後にでも立ち寄って、良縁が訪れるかも・・・。






































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      浜のくじら * 浜の歴史 * 07:08 * - * - * - -

      波多津歴史民俗資料館

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        友人に頼まれた橋口水産のチリメンジャコを買いに波多津へ行ってきました。

        あいにく店は閉まっていましたが、近くのふれあい広場に売っていましたので今回はここで購入。

        その後、広場内をぶらぶらしていると、今までなかった「波多津町歴史民俗資料館」がオ−プンしているではありませんか。















        早速中へ入ってみました。係の人は誰もいないので勝手に中へ・・・。

        漁具や古い写真が展示されているだけでしたが、その写真の中の数枚に目が釘付けになりました。

        豊臣秀吉が始め、昭和の初め頃まで玄海の浜で盛んに行われていたという「女相撲」の写真ではありませんか!

        まさか、波多津でも行われていたとは・・・。感動ものでした!

























































        先日、用事でニューヨークへ行き、そのときに「NY歴史民俗資料館」を見てきましたが、浜の歴史が大好きな私にとっては今回の「波多津町歴史民俗資料館」の展示物が衝撃的でした。





















        玄海の浜の古い写真を集めていますので、お持ちの方は是非見せてください。

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        浜のくじら * 浜の歴史 * 07:21 * - * - * - -

        小川島訪問

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           以前書いたように、小川島レポートです。

          小川島へは呼子渡船場からでている小川島定期船「そよかぜ」で渡ります。(所要時間約20分)
























          船の内部は広く、畳の部屋やイスの席、また、デッキに上がっての座席もあります。
          20分と少々時間がかかりますが、回りの景色を見ていると、すぐに小川島へ到着。

          渡船を降り、 右手のほうにある「小川島漁協」へ。(右手といってもすこし距離があります)













          この日は小川初上陸だったので、漁協の方に案内をお願いしました。

          なんといっても小川といえば捕鯨で栄えた島。(今では宝凍イカ、小川島ひじきが有名です)
          捕鯨関連の建造物が残る所へ案内していただきました。

          湊を出発して、しばらくし、結構急かつ細い山道を登り、頂上へ。













          こちらは鯨の見張り小屋です。
          捕鯨はずいぶん昔に禁止されたので、結構劣化が激しかったですが、扉を開けてもらい、中へ。
          小屋一面に窓(といってもそこだけ木を抜いたような造り)があり、四方から鯨がいるかどうかの観察ができます。












          中には捕鯨のことがかいてある絵が残されていました。














          階段で下に降りてみると、「くじら公園」なる看板が。












          遊歩道や、ベンチがあり、それなりに整備されていますが、やはり訪れる人が少ないのか雑草が目立ちます。












          さらに下に降りていくと波切不動明王様が。
















          こちらは漁の安全を祈願する神様です。
          他にも観音様や小さな神社もありました。


          そして、次の場所へ。
          こちらは鯨鯢供養塔です。(左側)




































          (供養塔の近くにある捕鯨関係者のものと思われるお墓。島では鯨の墓との伝承もあるそうです)











          (供養塔の横の建物の中にある観音様)

          この供養塔は呼子に4基あり、小川島にあるものは雌鯨のお腹の中にいた子どもを供養するためのものです。
          こちらの供養塔、明治になり鯨解体のための納屋場がなくなるとともに、観音堂の裏に捨てられていたそうですが、不憫に思った住民の方が観音堂の横に祭るようにしたそうです。

          また、他の鯨鯢供養塔がある龍昌院というお寺は、子鯨を身ごもっていた雌鯨を捕鯨してしまったため、その霊を慰めるために、鯨1頭分相当の金額を充てて建てられています。

          鯨は捨てるところがない魚といわれているので、当時にすればとても莫大なお金だったのだと思います。
          また、それだけ捕鯨を大切に行ってきた歴史が伺いしれます。

          捕鯨の島、小川島。
          イカが有名な現代になっても、捕鯨の歴史がいたるところに残っていました。
          そして、現代にもそんな捕鯨の歴史の名残がありました。

          続きは次回に。

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          旧中尾家屋敷

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             この間呼子に用事があったので4月にリニューアルオープンした「鯨組主 中尾家屋敷」を見学してきました。

            呼子は今でこそイカの町として有名ですが、捕鯨が禁止になるまでは捕鯨で栄えた港町です。(特に小川島)こちらの捕鯨を行っていた鯨組主の屋敷が中尾家屋敷になります。

            外観からみてもかなり老朽化していたようですが、きれいな白塗りの壁になっていて、ひときわめだちます。
            また、家の大きさのスケールも他とは比べものになりません。












            さっそく中へ。
            この日は雨の日&平日だったためかお客さんはまばらでした。
            屋敷の敷居をまたぐと、天井まで吹き抜けの土間が広がります。
            (屋敷内は撮影禁止のため写真撮れず、残念)
            造りは昔ながらのお屋敷そのものです。
            入場料を払い、回り方の説明を受け、お屋敷内に上がります。
            リニューアルに伴い、キレイにされていますが、昔ながらのところがきちんと残っており、当時の造りを感じることが出来ます。
            なんといっても部屋数の多さに圧倒です。

            屋敷を十分に見学し、通り土間を抜けるとその先は資料館へと続きます。(こちらはもともと勘定場があったところです)












            (資料館側からの屋敷です)
            資料館には捕鯨の歴史はもちろん、鯨の解体の様子、鯨の顎の骨格標本など様々なものが展示されています。
            捕鯨で栄えた呼子の様子を伺い知ることが出来ます。
















































            呼子朝市、イカを食べにに出向かれるときは、ぜひ呼子の捕鯨の歴史に思いを馳せてみませんか。
            そのときは捕鯨の歴史の痕跡が残る小川島にも立ち寄ってみてはいかがでしょうか。(小川島レポートはまた後日)



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            鯨組主中尾家屋敷

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              旧中尾家住宅といえば、呼子町の捕鯨集団「鯨組」の組主の住宅です。
















              今でこそ捕鯨は問題になっていますが、江戸時代は盛んに行われていました。
              呼子も小川島を中心に捕鯨業が行われていました。
              鯨一つ捕れば七浦潤」といわれるほど、捕鯨は莫大な利益を上げていました。
              中尾家は小川島漁場で、最も多く操業した鯨組主で、旧中尾家住宅は中尾家の自宅、および鯨組の機能中枢をはたしていました。
              こちらの屋敷が平成20年度から唐津市により、修理復元され、「鯨組主中尾家屋敷」として、一般公開されます。
              屋敷の中心の主屋は、九州の町屋建築の中でも古い時期の建物です。
              建物だけでも昔の捕鯨の財力を感じることができますが、呼子の捕鯨業の歴史を解説する展示場も設けられているそうです。

              4月11日(月)〜4月17日(日)はプレオープンとなっており、入場料が無料となっています。(時間9:00〜17:00まで)
              4月24日(日)からが本格オープンとなっています。(入場料大人200円、こども100円)













              ぜひ、呼子の捕鯨文化の歴史を感じに行ってみませんか。
              今は捕鯨は行われていませんが、鯨に負けない呼子の新鮮な海産物もたくさんありますよ。

              呼子鯨組を詳しく知りたい方はこちら→呼子鯨組





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              浜コロ * 浜の歴史 * 16:18 * - * - * - -

              呼子捕鯨の歴史を学ぶ「呼子観光物産館」

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                呼子町加部島にある「呼子観光物産館」。

                ここは、江戸時代から昭和初期まで栄えた呼子の捕鯨の歴史を紹介する資料館です。江戸時代の捕鯨船の模型や巨大な白長須鯨の解体作業中の写真、鯨の骨で作ったいろいろな種類の鯨の模型などが展示してあります。

                私が子供の頃(昭和30年代から40年代にかけて)は、小学校の給食に必ず鯨肉が出ておりました。鯨カツ、竜田揚げ・・・など。おいしかったですね!また、家に帰ると、夕食の食卓には親父が大好きだった冷凍鯨の刺身(半解凍のときもあったような記憶が・・)。

                しかし、その鯨肉も今は商業捕鯨が休止の状態で、食べることができる鯨肉は調査捕鯨で捕獲されたものだけになってしまいました。おかげで高価なものとなってしまっています。


                呼子観光物産館全景呼子観光物産館の全景













                呼子観光物産館入り口入り口には親子のマッコウクジラの模型が展示されています。











                捕鯨船江戸時代の捕鯨船の模型











                ふれ太鼓ふれ太鼓(捕獲した鯨を解体する納屋場へ引き上げるときに打つ太鼓)











                鯨骨加工品鯨の骨で作ったいろいろな鯨の模型














                現在、呼子町や和歌山の太地町のように捕鯨で栄えた地域には、その地域の食文化を守るために、我が国が調査捕鯨で捕獲したミンク鯨などの鯨肉が配分され、販売されています。呼子町の小川島漁協(電話0955−82−8321)でも販売(宅配も可)されていますので、食べたくなったら電話してみてはいかがでしょうか。スーパーなどで買うよりかなり安いですよ。

                私も時々取り寄せて鯨肉パーティー(→過去ブログ)をやりますが、初めて食べるという若い人たちにもとても好評です。


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                お土産の真相

                0
                   この間、イカ提灯のところで紹介していたすてきなお土産を紹介したいと思います。


                  それは「呼子絵巻」という呼子の地図に観光名所、旅館、料理や、土産やなどがかかれた観光パンフレットです。























                  12月に佐賀新聞で呼子の絵巻をつくってある方がいるという記事が掲載されていたので、そちらでご存じの方も多いかも。
                  このたび、どうやってつくってあるのか見に行ってきました

                  呼子の渡船場に近い「偕幸ギャラリー」で呼子絵巻はつくられていました。

















                  ここは、旧日本軍のものをコレクションしてあるギャラリーなのですが、そこのオーナーさんが会長となり、「一滴会」という会をつくり、絵巻を制作されています。
                  今は絵巻を中心につくっておられましたが、次は鯨の捕鯨の様子を描いた絵巻をつくる計画をたてたりと、呼子の観光を昔のように盛り上げようと活動されています。

                  この「一滴会」という名前も、自分たちの小さな活動(一滴)が、いずれは大きな流れになり、呼子に活気が戻るように、と願ってつけられた名前です。すてきですね

                  作業場では、3人のおばあちゃんが、全て手作りで絵巻をつくってらっしゃいました。芯になる木を糊付けし、丁寧にくるくるっと巻物を巻き、ひもを付け、しっかりとひもで固定したら完成。
















































                  15センチの巻物をのばすと、約1メートルにもなる超大作です
                  この巻物に使われている素材も会長が吟味して選ばれたもの。




















                  昨年の夏頃から構想を練り、秋頃に作り出されて、5000本を全て手作りで制作されました。
                  この巻物を制作された理由ですが、呼子のマップやパンフレットは前からありましたが、やはりその日の観光限りで捨てられている事が多いです
                  しかし、このような巻物ならば呼子の思い出とともに持ち帰ってもらえ、なおかつお土産にもなるだろう、との思いからです。

                  こちらの巻物はどこでも手にはいるわけではなく、制作された方々が観光客の方に一本一本、手渡しで配られます。
                  手作り、そして、手渡しでもらうことによって、又一ついい旅の思い出になるのではないでしょうか。

                  つくっておられた方々はみな活き活きとされていて、、きっと絵巻をもらえれば元気ももらえるはず
                  このすてきなお土産をゲットしに、呼子に行ってみませんか。
                  今の時期だと、前のブログで紹介したイカ提灯も飾ってありますよ




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                  唐津歴史民俗研究所

                  0
                    浜や漁業の歴史に興味を持ち、ネットでいろいろと調べているうちに「からつ歴史民族研究所」を発見。

                    ここの主宰の中里紀元さんは、学校の先生を退職された後、大学の先生たちとともに唐津の古文書の調査を行い、いろいろな本を出版されていらっしゃいます。中里さんによれば、唐津は全国的に見ても、江戸時代から明治時代までの古文書が多い地域とのことです。

                    今回、購入した書籍は、「肥前松浦史料叢書」の第一巻と二巻、そして、「肥前国唐津領産物図考の研究」。

                    「肥前松浦史料叢書」の第二巻には、江戸時代の漁師の生活、浦々の争いごとなどが記載されており、非常におもしろい本です。

                    叢書













                    また、「肥前国唐津領産物図考の研究」は、宝暦十二年(1762)に水野忠任にしたがって唐津に来た木崎盛標が、62歳から11年をかけて見聞した唐津の漁業、捕鯨等の産業の様子を詳細に描いた「肥前国唐津領産物図考」の解説書。これは、「肥前州産物図」と同じもの(なんでも、この資料は複写版がいくつかあるらしく、現在唐津市、佐賀市、東京、ニューヨーク、ドイツの5点が確認されているとのことです。これまで、図考に書かれてある文章が読めなくて、何を書いてあるのかわからない部分がほとんどでしたが、これを見れば、漁具の名称や漁法についてよくわかります。いや〜勉強になりました。


                    中里さんは、唐津市町田で「あや窯」と窯元を開かれており、そこの一角が「からつ歴史民族研究所」です。

                    焼き物の展示場には、きれいな焼き物がたくさん展示販売されていました。

                    あや窯と中里紀元さん
                    あや釜1

                    あや釜2

                    あや釜3

                    あや釜4












































                    パンフレット
                    あや釜5















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                    伊万里 海のシルクロード館

                    0
                      伊万里の「海のシルクロード館」に行ってきました。

                      ここは、江戸時代に国内はもとより世界中へ輸出された古伊万里の歴史を学ぶことができる資料館です。

                      私、恥ずかしながら、いままで古伊万里=伊万里焼と思っていました。でも、「古伊万里」とは、焼き物の産地を指すのではなく、当時、有田焼き、波佐見焼き、吉田焼きなどが、伊万里津からヨーロッパへ輸出されたことから、これらの焼き物を総称して「古伊万里」と呼ぶようになったとのこと。勉強になりました(これ常識?)。

                      白壁つくりの建物は、ほとんどが当時のまま保存されていたらしく、迫力満点。当時、大きな港町として賑わいを見せていた伊万里津が想像できます。

                      「海のシルクロード館」(奥)(手前は、陶器商家資料館)
                      海のシルクロード館1海のシルクロード館2















                      2階には、当時の陶器商家や千石船の模型、当時実際に使用された船箪笥などが展示されています。この船箪笥は、船商人が大事なものを入れていた物で、海に落ちても浮かぶようにできています。写真では見たことがありましたが、実物は始めてみました。感動!
                      海のシルクロード館3海のシルクロード館4海のシルクロード館5














                      1階は、伊万里周辺の肥前窯業域で生産された陶磁器が販売されており、絵付け体験やろくろ体験も可能です。
                      海のシルクロード館6














                      「海のシルクロード館」の隣にある「陶器商家資料館」は、江戸時代の陶器商家の建物がそのまま保全されており、こちらも勉強になります。
                      陶器商家資料館













                      詳しくはコチラ → 「海のシルクロード館」HP 

                      古伊万里について学んだ後は、波多津の「ふれあい広場」で美味しい海の幸でも食べるのもよさそうです。

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