<< April 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

江戸時代のナマコ桁網漁

0
    海象さんが、ナマコの鉾突き漁を紹介していました。

    ナマコ鉾突漁が、いつ頃から始まったかはわかりませんが、江戸時代には、主に素潜り漁と桁網漁で漁獲されていたようです。

    江戸時代に描かれた肥前州産物図考(水野忠任が、三河岡崎藩から唐津藩主として唐津へ来たときに、一緒に来た絵師の木崎盛標が、1773年から11年をかけて見聞した唐津の漁業、捕鯨等の産業の様子を詳細に描いたもの)には、唐津の沿岸域で行われていたナマコ桁網漁が詳細に紹介されています。

    国立公文書館所蔵
    著作権使用許可
    平成20年12月8日








    現代でも、ナマコはほとんどがこの桁網漁で漁獲されており、江戸時代の漁法と基本的には大きく異なっていません。

    昔の人たちの知恵はすばらしいですな〜。

    ところで、今週はいよいよ年末を迎え、唐津水産物商業協同組合の玄海さかな市では、正月用の水産物の特売が行われます。ナマコは絶対にはずせない一品ですね。

    クリックしていただくとランキングがあがり、より多くの方々に見ていただく機会が増えます。よろしくお願いします。

    九州ブログランキング
    浜のくじら * 浜の歴史 * 14:11 * - * - * - -

    からつ歴史民俗資料館

    0
      唐津市の海岸通あたりは、明治時代から昭和の初めまで石炭の積出港として賑わっていたところです。明治末期の写真(「佐賀県写真帖」より)を見れば、大島は離島で、海には大きな蒸気船(石炭船?)が浮かんでいます。また、本土側には明治41年に建てられた洋館「三菱合資会社唐津支店」がみえます。当時は、非常に近代的な建物だったんでしょうね。
      海岸通1













      現在、この建物は佐賀県重要文化財として管理されており、「からつ歴史民俗資料館」となっています。現在は改修等で休館中とのことなので、外からしか見ることはできませんが、近くでみると、その貫禄、大きさに圧倒されそうです。
      海岸通2
      海岸通3













      この付近は、その後広く埋め立てられ、玄海漁連と(株)唐津魚市場の魚市場や、ここで水揚げされたアジヤやサバ、沿岸魚介類を使った水産加工品を製造する水産加工会社が建ち並び、水産基地として機能しています。
      海岸通4













      玄海漁連前では、玄海地区の若手漁業者で組織する玄海水産振興研究会の玄海カキ養殖会が毎年開催する「玄海のカキ焼き」が、11月21日(日)から始まります。美味しいカキを食べて、旧三菱合資会社唐津支店を見てみるのもおもしろそうです。

      クリックしていただくとランキングがあがり、より多くの方々に見ていただく機会が増えます。よろしくお願いします。
      九州ブログランキング
      浜のくじら * 浜の歴史 * 08:00 * - * - * - -

      「にあんちゃん」と「わくど岩」

      0
        肥前町菖津へ行ったときに、ふと、約20年前に読んだ「にあんちゃん」を思い出しました。

        「にあんちゃん」は、昭和28年頃にこの菖津の近くにあった炭坑で生活していた母と父をなくした4人兄妹の末っ子の末子ちゃんが、小学3年生の時から書き始めた日記です。そこには、長兄のわずかな収入で、貧しくても(現代の貧しさとはレベルが違う)一生懸命に明るく暮らす4人兄妹の生き様が描かれています。

        苦しい生活の中でも希望を捨てず、真っ直ぐに明るく生きてい末子ちゃん。ある日、2番目の姉さんに連れられて納所崎(のうさざき:仮屋湾入口の京泊の近く)に遊びに行ったときに教えてもらったのが海に浮かぶ「わくど岩」。「わくど」とは、蛙のことで、その形が蛙そっくりなことから、今でも「わくど岩」、「わくど瀬」と呼ばれています。

        「わくど岩」
        わくど岩












        先日からまた「にあんちゃん」を読み始めましたが、当時の子供たちの純粋さ、ひたむきさ、子供らしさ、さらには地域の団結力、助け合う気持ちが鮮明に描かれており、なにかホットするような気になります。

        YOU TUBEで、映画化された「にあんちゃん」の冒頭を見ることができます。
        「にあんちゃん」

        クリックしていただくとランキングがあがり、より多くの方々に見ていただく機会が増えます。よろしくお願いします。
        九州ブログランキング
        浜のくじら * 浜の歴史 * 07:58 * - * - * - -

        「肥前名護屋城図屏風の世界」展

        0
          唐津市鎮西町にある佐賀県立名護屋城博物館では、現在、「肥前名護屋城図屏風の世界」展が開催されています(期間:7月2日〜8月29日)。

          豊臣秀吉が、文禄・慶長の役(1591〜1598年)の拠点とするために造った名護屋城。この企画展では、屏風に描かれた当時の名護屋城、全国から集められた諸大名の陣屋、城下町などの様子を見ることができます。細かいところまで描写してあり、とてもおもしろいですよ。また、屏風図の他にも多くの関連資料が展示、紹介されています。

          クリックしていただくとランキングがあがり、より多くの方々に見ていただく機会が増えます。よろしくお願いします。
          九州ブログランキング
          浜のくじら * 浜の歴史 * 07:40 * - * - * - -

          江戸時代の漁業

          0
            宝暦十二年(1762)に、江戸幕府から唐津藩主を命ぜられた水野忠任にしたがって唐津に来た木崎盛標(1711年生)が、62歳から11年をかけて唐津で見聞した唐津の漁業、捕鯨等の漁業の様子を詳細に描いた「肥前州産物図考」なるものがあります。これまた、当時の漁法や漁具などを詳細に、しかもカラーで描いた最高傑作です。
            肥前産物図考(底延縄)







            底延縄(国立公文書館所蔵、著作権使用許可 平成20年12月8日)

            肥前産物図考(捕鯨)








            小川島の捕鯨(国立公文書館所蔵、著作権使用許可 平成20年12月8日)

            江戸時代のこのような詳細な絵図は全国的にも珍しい資料で、当時の唐津、伊万里、玄海では、基本的にはすでに現在と同じような漁具漁法で魚介類を獲っていたことがわかります。

            現在、佐賀県立博物館では、佐賀県の民族展として、「玄海の捕鯨と有明海の漁労展」が開催されているようです。おもしろそうなので、ぜひ行ってみたいと思っています。

            最後に、じつはこの木崎盛標さん、漁業だけでなく炭坑、狩猟、紙漉、布晒・鋳造など、実に多岐に渡った産業を絵として残しています。これらは、国立公文書館のHPで紹介されています。

            クリックしていただくとランキングがあがり、より多くの方々に見ていただく機会が増えます。よろしくお願いします。
            九州ブログランキング
            浜のくじら * 浜の歴史 * 23:09 * - * - * - -

            玄海水産振興センター展示室見学

            0
              唐津市唐房にある佐賀県玄海水産振興センターの展示室を見てきました。この施設は、唐津市内から呼子方面へ向かい、唐房入口から約500m先の浦川橋を渡ってすぐ右に曲がった先にあります。
              玄海センター1
              玄海センター2















              この施設は、佐賀県の水産に関する試験研究機関です。玄関を入ってすぐ左手に展示室があり、小川島の捕鯨、名護屋の旋網船、市場等の明治時代からの浜の様子を写真で見ることができます。その他にも、本物の捕鯨砲、定置網の模型、玄海地区の水産業の紹介パネル等も展示してあり、玄海地区の水産業を学ぶことができます。
              玄海センター3
              玄海センター4















              なお、玄海水産振興センターには、最近、オストメイト対応の便器やベビーベッドを備えた多目的トイレが備えられ、より多くの人が安心して利用できるようになっています。さすが佐賀県ですな〜。
              玄海センター5














              クリックしていただくとランキングがあがり、より多くの方々に見ていただく機会が増えます。よろしくお願いします。
              九州ブログランキング
              浜のくじら * 浜の歴史 * 16:13 * - * - * - -

              ☆呼子・加部島の旅☆

              0
                今日は桃山天下一next呼子大橋next田島神社next呼子観光物産館next風のみえる丘公園と
                呼子の加部島を満喫するドライブに行ってきました車

                まず、呼子に行く前に通り道にある『桃山天下一』に寄りました。











                ここの一番奥に海産物販売所があり、うちのHPにも掲載されている商品が置いてある一角「佐賀玄海浜づくり」コーナーを覗いてきました見る











                干物・イカの一夜干し・車エビの味噌漬け・宝凍イカと海産物の豪華ラインナップびっくりワッ!











                立ち寄ったお客さんが買いたくなるように念力STOP!を込めてきたので立ち寄った時はみなさんお気をつけ下さいモグモグ
                浜コロの念力で全商品買いたくなるかもイヒヒ!?

                方向音痴の浜コロですが、看板通りに進み、呼子大橋までやってきましたチョキ










                幅員(未だになんて読むのかわかりません)減少とかいてあったので高いところ&狭い道が苦手な浜コロは、手汗びっしょり汗で橋を渡りきりました。

                そして、一番の目的だった呼子観光物産館に到着。










                いざ!という気持ちで向かいの駐車場に停めると『田島神社参拝の方専用』と書いてある・・・
                ビビリな浜コロは、罰が当たるのを回避するため、物産館の横にあった田島神社に立ち寄ることにしましたポッ
                ながーい下り道を進むと(すでに息切れ)田島神社が見えてきました。
                ここは前のブログで浜っ娘先輩が書いていたところです。(2009/09/04ブログ参照
                無事、参拝をすませ、いざ物産館へGO!!!
                物産館の中には呼子・加部島の名産品が展示され、その奥に捕鯨の歴史が分かる資料が展示されていました。(詳しくはHP水産業を学ぶで)
                鯨の肉が高価な世代の浜コロは捕鯨がこんな身近で行われていた事をしみじみ学びながら見学しましたニコニコ
                鯨の骨でできている鯨の模型が沢山展示してあって初めてみる種類ばかりだったので驚きの連続でした。
                なんといっても一つ一つの部位のでかさ唖然!!
                一番驚いたのは耳垢が展示してあったことに加え、それがとてつもない大きさでしたびっくり
                キレイに残っていたので、取り出した人に脱帽ですノーノー
                みなさんも自分の目で耳垢を確かめてください。もちろん捕鯨の歴史も読書

                物産館を出ると、駐車場の道案内に風のみえる丘公園があったので、立ち寄ってみることにしました。














                しばらく車を走らせると、てっぺんに風車が見えてきました。
                残念ながら風車は回っていませんでしたが、景色は眺めることができました。
                呼子大橋の灯りの点滅と火力発電所の鉄塔の灯りの点滅が同じタイミングで光ることを発見しました星

                帰り道、方向音痴を本領発揮し、なぜか、呼子大橋の下をくぐりました。
                しかし、そこで恵比寿さんを発見ラブし、道を間違うのも悪くないな、と思いました。

                また、手汗びっしょりになりながら、呼子大橋を渡り、浜コロの加部島ドライブは終了しました自動車
                みなさんも行き当たりばったりの唐津の旅に出かけてみてはいかがでしょうか地球


                クリックしていただくとランキングがあがり、より多くの方々に見ていただく機会が増えます。よろしくお願いします。

                九州ブログランキング
                浜コロ * 浜の歴史 * 06:35 * - * - * - -

                空海渡唐の地「渡錫の鼻」

                0
                  唐津市肥前町高串の「渡錫(としゃく)の鼻」。ここは、空海(弘法大師)が西暦804年に大阪難波港を出発し、博多港経由で遣唐使として大陸へ渡った地とされています。昔から大陸へ渡るのによい港だったんでしょうな〜。

                  先日、高串の漁師に会いに行ったときに、立ち寄ってみました。空海が唐へ渡ったときの姿と思われる錫を持った空海の像が建てられていました。「錫」とは、時代劇でお坊さんが持っていらっしゃる先端に金属の輪がついた杖のことだそうです。
                  渡錫の鼻1
                  渡錫の鼻2渡錫の鼻3


















                  高串には、この他にも「増田神社」、毎週日曜日に開催される「ひぜん高串大漁市」、「高串温泉」等もあります。また、近くには空海があまりの美しさに筆をおいたといわれている「いろは島」もあります。

                  たまには潮風にあたりながら、のんびりと浜を歩くのもいいもんです。

                  クリックしていただくとランキングがあがり、より多くの方々に見ていただく機会が増えます。よろしくお願いします。

                  九州ブログランキング
                  浜のくじら * 浜の歴史 * 06:48 * - * - * - -

                  大迫力の捕鯨砲

                  0
                    唐津市唐房にある佐賀県玄海水産振興センターの展示室をみてきました。ここには、江戸時代から昭和中期にかけて小川島等でおこなわれていた捕鯨に関する資料や明治から戦前にかけての玄海地区の浜の写真、現在の玄海地区の水産業に関するパネル資料等が展示してあります。

                    このなかで、実際に捕鯨船の船首に取り付けられ使用されていた捕鯨砲と銛(もり)は、大迫力です。
                    捕鯨砲1捕鯨砲2









                    また、ひげ鯨(海水中のアミ等のプランクトンを濾して食べるための器官。有名なひげ鯨はシロナガスクジラ)のひげもあります。見学は無料なので一度見学してみてはいかがですか。
                    ひげ鯨のひげ小川島の捕鯨









                    見学の後は、すぐ近くにある「おさかな一番」で、唐津湾を眺めながら獲れたての唐津の魚を食べるのもいいですね。

                    クリックしていただくとランキングがあがり、より多くの方々に見ていただく機会が増えます。よろしくお願いします。

                    九州ブログランキング
                    浜のくじら * 浜の歴史 * 06:02 * - * - * - -

                    浜の昔と今

                    0
                      東唐津(旧満島)は、松浦川河口の右岸に位置する地区です。
                      現在は住宅街で、ここから見る唐津城もまたなはなかのものです。唐津城は、別名を舞鶴城ともいいますが、これは唐津城を中心に東と西に弧を描くように松原が広がっており、上から見たらまさに鶴が羽を広げているように見えたからとか・・・。いや〜、実に美しいお城ですな。

                      さて、わたくし、以前から古い浜の写真を集めていますが、その中に唐津城から写した東唐津の写真(「佐賀県写真帖」著者:佐賀県)があります。写真の説明では、石炭を積んだ機船・帆船などの休息港になっていたとのこと。玄界灘の冬は時化るため、ここはよい港だったんでしょうな。
                      満島明治










                      最近、久しぶりに唐津城の天守閣に登る機会があり、この写真と同じ角度で現在の東唐津の風景を写してみました。この2枚の写真を見ていると、なんか昔の人々ののんびりとした生活が見えてくるようです。
                      満島現在









                      クリックしていただくとランキングがあがり、より多くの方々に見ていただく機会が増えます。よろしくお願いします。

                      九州ブログランキング


                      浜のくじら * 浜の歴史 * 23:17 * - * - * - -
                      このページの先頭へ